絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

それは試練なのか

 新しい靴を履いてきたせいで、足が慣れず、更に姿勢を気にしすぎたせいで肩が凝ってしまっている。つまり、午後9時閉演のパーティを無事終えた香月は、ある老舗ホテルのロビーでどっと肩を落としていた。明日仕事なのに、いつもの倍以上の疲れよう。早く帰って、ただ寝たい。
「お疲れー、疲れたみたいだねー」
 今井もハイヒールを履き、お洒落をしているが、今も笑顔でそれほど疲れてはいないらしい。
「肩懲りました。足も痛いし」
「話長かったからね。けど私ここのお料理好きだからラッキーだったわ」
「そうなんですか」
 別にここの料理をまずいと思ったわけではないが、それほど膨らませる話題でもなかったので、相槌を打つまでにする。疲れている証拠だ。
 今夜このホテルの大広間で行われた立食パーティは、家電業界の集いであり、本社の人間の中でも選ばれた者しか参加できない貴重な体験であった。確かに、有名人物も多数見かけ、それなりに重要な話も聞けた。
 しかし、いつもの今井も成瀬もすぐにはぐれてしまい、香月は一人きりでソフトドリンクを飲んでいる時間がほとんどであった。パーティとはこういうものなのか、知らないおじさんに講演に誘われたり、連絡先を交換しようと持ちかけられたりということがたった2時間で幾度もあったが、それがそういうしきたりなのかどうかも分からず、ただ返事をし、なんとなく連絡先を教えたりした。
 多分、これは人脈つくりというやつであって、何かあった時のためのコネクションとして用意しておくのだろう。ただ、相手がこんな小娘の連絡先をどう使おうと考えているのかは全く不明だが。
 そんな予想以上に面白くない仕事の後の今である。皆片手に土産を持ち、直帰する者、二次会に参加する者など分かれる中で、人はごった返していた。
 ロビーは広くて、人が多い。
 女性も男性もみんな同じような格好をしている中で、その瞬間を香月は見逃さなかった。
 見逃すまいか。
 ダークスーツに完璧に武装した男が、歩いていることに。
 見間違いではない。特に、隣にいたのが美人の大人の女性であるということが、見間違いではない。
 女は黒いロングドレスに身を包み、白いショールを羽織って、髪をアップに結い上げていた。30代だろう。間近でないので詳しくは分からないが、おそらく雰囲気からして20代ではない。
 そしてその後ろにいるのは、風間。
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