絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

それぞれの想い

 気分と同じ曇りがちで雨が多く、肌寒い10月半ばのロンドン。
このメンバーでまさか観光に訪れる日が来ようとは、あの告別式の日からは全く想像もつかなかった。
 阿佐子の死以来、なんとなく夕貴の店と偶然をつないで顔を見せ合っていた3人だったが、今回は香月の完全な思いつきで集まったのである。
「寒い」
 意外にもロンドンが初めてだという夕貴は薄い長袖のティシャツで飛行機から降りたったせいで、両手をずっとポケットに突っ込んだまま、顔も帽子とサングラスでほとんど人相の判別がつかない。
「いや、暖かい方だな」
 こうやって榊は知ってか知らずか自ら夕貴との仲を悪くしていっているのだが、何も気にとめてはいない。
 香月はその2人の間に入って、
「何しようか」
と、にこやかに微笑んで見せた。巽と同じベッドで眠り、翌日髪の毛をばっさりボブショートにまで切ったその3日後のことだった。
 1泊3日ロンドンの旅。よくもまあこんな急に3人も集まれたものだと、特に香月は感心していた。「ロンドンに行きたい」だなんて、言ってみるものだな、と。
 道案内と、言葉は榊に任せるつもりで、3人は空港のホテルに荷物を置いてから外に出てきていた
「とりあえず何か食べようよ」
 観光とは言ってみたものの、なんとなく3人でロンドンへ来たかっただけで、目的は特にない。
「で、それから? 雨降りそうだし、早めに済ませようぜ」
 計画的A型の夕貴が尋ねる。
「ころあいを見計らって、雨宿り」
「……なあ、日本でもよかったんじゃね?」
 そのとおりの言葉に誰も頷かず、気づかないふりをしてまず地下鉄に乗った。
 ここへ来るのに、急すぎて、3人はばらばらの飛行機に乗って来ていたので、ようやく会えたのは、ホテルのロビーだった。
 朝、そのロビーで、それほど久しぶりなわけでもないのに、夕貴はこちらの顔を見て大げさに驚き「治らない病気か? ……それでロンドンに?」と聞いた。おかしくて、涙を流して笑った。
 その30分後にさっそうと現れた榊は、まず香月の脈を計って真顔で、「病院へは?」と聞いた。これには2人で笑った。
< 297 / 318 >

この作品をシェア

pagetop