絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 だが2人そろって「それくらい顔色が悪い」と顔を顰めた。
 髪を短くしたことについては、夕貴は全く触れなかったが、榊は「切るのが惜しいほど綺麗だったのに」と、らしい感想を漏らした。
 時が止まったように思えた。阿佐子は死んでもういないという悲しい現実なのに、阿佐子など最初からいなかったかのような穏やかな瞬間であった。
 地下鉄を降り、一度榊行きつけというレストランでランチに入る。4人がけのテーブルで、やはり香月は榊の隣に位置した。
 夕貴がなんだかんだと言いながら肉を切るのに対し、ただまっすぐ前を見て口を動かす榊は、やはり自分とは合っていなかったのだ、と今更、10年たってようやく冷静にそう思えた。
 その後、外へ出たはいいが、少し雨が降ってきていた。
「なあ、どっか入ろうぜ、さみぃ」
 今まで大人しく付いて来ていた夕貴が、早くも音をあげ始める。
「どっかって、次は雨宿り? 」
 榊は夕貴の意思などお構いなしにこちらの様子を伺ってくれる。
「うん、公園行こう」
「ゲ、まじぃ? こんな寒いのにいかれてる! 公園行って何すんだよ! だいたい傘もねぇし、雨宿りになんかなってねえじゃん!」
「公園なら、すぐそこにある」
 榊が指差す方を見てみると、確かにそれらしき場所がある。木々の間から所々カラフルに塗られた鉄の棒が道路を挟んだこちらからも見えていた。
「行こう、行こう」
「え゛―、んもぉ……もっと他に行きたいとこねーのかよ!」
 霧雨の中、香月が先に走って信号を渡ったせいで、後の2人も仕方なさそうに早足でついて来ている。
「このブランコ、変わってるー!」
 香月は小雨になり始めた中、お構いなしに、まずブランコの腰かけに足をかけた。
「ほら、見て! これ、座るところがハンモックみたいになってる」
「へー、って、誰か押さないとこげないだろ」
 夕貴は、鉄の丸い枠にロープが張られているハンモック状態の腰かけの強度を確かめるように、ロープを握った。更にぶら下がっている鉄の部分は頑丈で、どう見ても自分で漕いで揺れそうにはない。
「ハンモックにしてる意味あるのかな? しかも円形だし」
 香月は首を傾げたが、すぐに夕貴は、
「小さい子用なんだよ。座るところが広いと、落ちにくい。このロープの間から足出すんだろ」
 さすが、既婚者は違う。
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