絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 その目覚めは最高に悪かった。胸がむかむかして、吐き気がする。
 昨日のことは大抵は覚えていた。下駄箱のところで座り込んで、後は宮下のされるがまま。タクシーに乗り込んで、一旦東京マンションに行ったのだと思うが、誰もいなかったのだろう、結局バックから鍵を出すこともできず、扉が開かずに、東都マンションのこのベッドに来てしまったのである。
 彼は部屋まで抱いて歩くと、寝室でその下着以外全てを脱がせ、ティシャツを着せたあと、口移しで水を飲ませ、布団を肩までかけた。
 確か口移しの理由は、ストローがなかったから、だったと思う。
 水を飲んだ方がいいというアドバイスであったが、気分が悪すぎて起き上がることが困難であったため、ストローで流し込む手段がなくなった今、宮下の中には口移ししかなかったのだろう。
 幸いにも、寝起きの状態で、隣に裸の彼の姿がなかったことが全てを安心させたが、この状況は全く落ち着かなかった。
 しばらくじっとしていたが、意を決してトイレに立ち上がる。その間取り図を完全に把握している自分が怖い。
「あ、目が覚めた? おはよう」
「……ソファで寝たんですか」
「うん、まあ(笑)」
 ソファの隅にある掛け布団を見て、香月は第一声を放つ。彼はガラスのテーブルの上にコーヒーだけ置いて、テレビのニュースをぼんやりと見ていた。
 とりあえずトイレに行って、その一メートル離れた隣に腰掛けた。
「気分が悪い……」
 最悪の状況の中での最悪の気分である。
「水飲めばいいよ。体内のアルコールが薄まる」
「うん……」
 宮下はすぐに立ち上がると冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してきた。
「はい」
「ありがとう……」
「このくらいは飲んだ方がいいよ」
 つまり、500ミリ。
「こんなに……」
「何か食べる?」
「……いらない。……食べた方がいい?」
「いや、食べたくないなら食べなくてもいいけど……。吐く? 吐いた方が楽だよ」
「吐くって……?」
 顔を顰めて聞いた。
「指突っ込んで……」
「そんなのできない」
「まあ、水飲んで寝てたらいいし……。昨日薬飲んだから少しはましだと思うよ」
「あ、そうなんだ……」
「覚えてない?」
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