絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「……そういえば私、お金払ったのかどうか知らない……」
「お金は払ってたよ、太政さんが暗算で計算して、すごいって感動してたけど」
「……そうだったなあ……」
 言いながら、既に足はソファの上に投げ出され、宮下の方に頭を向けて寝る体勢をとろうとしていた。
「はあ……」
 頭が下にある方が楽なようである。
「今日が休みでよかったな」
「うん、ほ……え、今何時?」
 顔だけ宮下の方に向ける。
「今? 10時前」
「アーー!!」
 目を見開いた。
「何!?」
「携帯携帯!」
 慌てて起き上がると最高に気分が悪い。
「携帯?」
「う……吐きそう……」
「頭振るとよくない。バック寝室からとってくる」
「ごめん……」
 最悪だ……巽との約束。ドタキャンした。
「はい」
「ありがとう……」
 香月はバックから携帯電話を取り出すとすぐさま開いた。
 予想外の、新着ゼロ。
 ……待ってたけど来ないから怒って帰ったのだろう……。
 すぐに履歴で発信する。コールは10回鳴ったが、出ないでそのまま留守電に切り替わった。そうか、この時間はまだ寝ているんだ。
「香月です、ごめんなさい。ほんと……あの、気分が悪くて今まで寝てました。……嘘じゃないんです……。……また、連絡します」
 宮下の隣で巽に電話をすることへの罪悪感を感じる必要はないと、淡々と声を吹き込んだ。
 今度は足を宮下に向けるようにして、ごろんと寝転がる。最高に深い溜息。自分から誘っておきながら何の連絡もなしに、待ち合わせ場所に行かないなんて、最悪だ。
「約束があったの?」
「……あー……」
 頭をソファに沈ませ、ぐったりと横になる。
「今日はゆっくりしてけばいいよ。気分よくなったら帰れば」
「……帰れそうにない。起きるとほんと、気分悪い」
「うん……俺も今日はゆっくりするつもりでいたし」
 目を閉じた。眠れそうもないし、起き上がるのも苦痛な身体の疲労が、心の疲労へと変わっていく。
 一つ、溜息をついた。今、自分は部下で、彼は上司。それを忘れてはいけない。
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