境界線
マキは箸を空中で振りながら、まだ私の話を続けた。
「私、部長の跡つぎたいんです。いや、絶対についでみせます」
平静を装っていた私も、さすがにこの一言には動揺した。
「…やめといた方がいいよ。恋愛できなくなるよ。もちろん結婚も」
「そんなの構いません!」
私はマキと昔の自分とを重ね合わせた。
入社したての頃は私もそんなことを言っていた。彼氏なんか、旦那なんかいらない。私は仕事が恋人だ。今思えば馬鹿な発想だったと思う。
「ま。今だけだよ、そう思えるのは。三十近くなってきたら、人肌恋しくなるから」
「…部長、恋しいんですか?」
訝しい目でマキを私を覗く。
あまりこの方面のはなしは私の好きな方ではない。
「恋しいねー。何もかもごぶさただから」
「…キスですか」
「うん。それ以上もね」
マキは目を丸くしたまま箸を置いた。どうやらマキは意外に思ったらしい。
「部長、美人なのに。世の中馬鹿な男ばっかりですね」
「何言ってんのよ」