境界線
高橋はしょんぼりと首を曲げたが、すぐに顔を上げた。
「で、部長はどうやってお帰りになるおつもりですか?」
私は唖然とした。
話を聞いていなかったのか。
話を理解できなかったのか。
それともただの馬鹿なのか。
「タクシーで帰るけど」
「遠いですか?」
私は、困惑した顔のまま頷いた。
正直、この発言をした後でも普通に話しかけてきたのはこのバカ後輩が初めてだった。みんな離れていった。
固い女。
そう口を揃えて。
「俺、家近いんです。電車一駅分。よかったら泊まりますか?」
もう分からなかった。目の前の男が何を考えているのか。
普通の男なら下心があるように聞こえる発言だが、高橋の場合は、まるでそう聞こえない。まるで友達を誘うような、軽い誘いだ。
「タクシー代、もったいないですよ」
高橋は悪戯をした無反省な少年のように笑うと地面から定規を拾い上げ、元の場所に戻した。
「境界線なんかありませんよ。最初から。誰の間にも」
やられたな。直感で思った。
「境界線てあるものじゃないです。引くものです」
高橋の笑顔が痛かった。
マキの憧れる強い女の私は、迷子になってしまったようだった。