紅梅サドン
僕はトイレには近付かずに、そのまま聞こえていない振りをした。


「雪子さん、手ーーベタベタだね。」

「はい。ベタベタですね。」

雪子はそう答えて微笑んだ。

「なかなかの命中率だったよ。かなりレアチーズ臭いけど」

僕もつられて笑っていた。

僕はそばに在った布巾で、雪子の右手を優しく拭いた。

「秋さんの手も臭くなりますよ?。」

「いいんだ。僕もレアチーズ好きだからーー。」

拭いても拭いても落としきれないクリームが、僕と雪子の手を結ぶ糸の様に絡まる。



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