まだ、恋には届かない。
その背を横目で眺めながら、家の鍵を開けていると、町田の足が止まったことに気付いた。
なんだろうと首を傾げると、振り返った町田は少しバツの悪そうな顔をしていた。
何でもズケズケという町田にしては珍しく、少し言い淀むように言葉を吐いた。

「さっき。悪かったな。大きな声、出した」
「町田さんの声が大きいのは、いつものことですから」

言われたことも事実だし。
町田が何を詫びているのか、すぐにそれを察した亜紀は、いつもと変わらない軽い口調でそう言って、くすりと笑った。

町田のこういう顔を見るのは、珍しかった。
神妙に謝ると、怒られている子どもみたいな顔になるのかと、亜紀は笑ってしまった。

その笑みに、町田は面白くなさそうに舌を鳴らして、今度こそ会社に戻ろうと踵を返しかけて、またその足が止まった。

「どうしたんですか?」

今度は、髪をガシガシと掻きながら、少し困ったような顔で亜紀を見た。

「悪い。……トイレ、借りていいか?」

ダメと言うわけにもいかないじゃないですかと、亜紀は笑いながら玄関のドアを開け、町田を招きいれた。


玄関を入ってすぐに、トイレとバスルームがあり、そのまま短い廊下を突き進むと、その奥にリヒングに続くドアがあった。

町田がトイレに入っている間に、とりあえず、亜紀はお茶の用意を始めた。
今朝の騒動で、今日はまだコーヒーすら飲んでいないことを思い出し、亜紀はコーヒーメーカーにコーヒー豆と水を入れて電源を入れた。
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