キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
悪魔じゃないよ。
エバーニアの空を飛ぶ騎杖の上で、キリは空の向こうのゴンドワナの大地を仰ぎ見る。
ロキは、彼女の涙を──心をとりもどしてくれた。
彼女に魔法を与え、
温かな食事を与え、
誰かに愛されて育つ喜びを教えてくれた。
ロキは、悪魔じゃなかったよ……。
ゆるゆると流れこむ風に吹かれながら、キリはもう一度そっとくり返した。
悪魔なんかじゃない……。
それは確かに、この上ない悲劇でしかなかったのかもしれぬが──
それでもキリにとっては、ロキは世界でただ一つの救いであった。
十年間。
魔王が、彼女を救ってくれた。
またたく間に空の上を翔け、
夕日がまぶしく目を射抜くころ、飛行騎杖はガルナティス王国首都の上空で静止した。
眼下には美しい町並みが広がっている。
オレンジの煉瓦と赤い甍(いらか)の家々が連なる、大きな都市である。
そして、
街を見下ろしてそびえるのは、深紅と黒の荘厳なる空中宮殿──カーバンクルス。
「わあ、きれい」とキリが歓声を上げ、
「やっと着いたか」とジークフリートが調子の悪い声をしぼり出し、
ラグナードは無言で、半年ぶりの故郷を見つめた。
整った眉の間にしわが刻まれて、自然と表情が険しくなる。
「約束だからね。
ヴェズルングの杖、ちゃんともらうからね」
キリが念を押した。
「……わかっている」
キリの言葉にもどこかおざなりに答えて、ラグナードは何者をも寄せつけず拒むかのような王宮の黒い壁をにらんだ。
久しく忘れていた憂鬱に支配されて、気分が沈みこむ。
「うふふ、これで偉大な魔法使いに一歩近づける」
対照的に、
明るい声音で言って、うきうきしながらキリは町並みと王宮とをながめた。
それぞれがそれぞれの思いを抱いて──
物語の舞台は、王都アルマンディンへ。
《第1幕 王子と霧の魔女・完》