キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「王子さま」
かわいい声がして、キリとラグナードはそちらを見る。
人垣の中からスカアトをはいた女の子が歩み出て、
鎧をまとい帯剣した王子を、ほっぺたを赤くして見上げている。
左右で三つ編みにした髪がよく似合う、十歳くらいの少女だ。
「おれ、大きくなったら、王子さまのために戦いたいんです」
少女はキラキラした瞳でそう言って、キリは少し首をかしげた。
ラグナードは整った眉を寄せて、わずかに眉間にしわを作った。
「兵士になりたいのか」
庶民の言葉を流暢に操って、彼は子供に言葉をかける。
「はい!」
「そうか……」
無邪気な顔を見下ろしてラグナードはやや沈黙して、
それから強気な笑みを作って、少女の頭にぽんと手を置いた。
「ならば体をきたえておけ。
おまえのような勇気あるガルナティスの民を、俺は誇りに思う」
ぱあっと少女が表情を輝かせて、嬉しそうにおさげをひるがえして母親らしき女性のもとにかけよった。
良かったわね、と母親が少女の頭をなでて、ラグナードに頭を下げる。
キリは鷹揚にうなずくラグナードを横目に仰いで、
「なんだかエラそう」
ぼそっとつぶやいた。
人垣の向こうへと去ってゆく母娘を見送りつつ、キリは「うーん」とうなった。
「ガルナティスって、女の子でも兵士になりたがるんだね」
戦争ばかりやっている大陸では普通のことなのかも知れなかったが、キリには意外なことに思えた。
「ああ、もちろん女の兵もいるが──」
ラグナードは、おさげの子供の後ろ姿をながめて
「あれは男の子供だろう」
と言った。
「ええっ」
キリはびっくりして声を上げた。
母娘の姿は、完全に人混みの中に消えて見えなくなった。
「でも、女の子の格好してたよ?」
「このあたりに伝わる昔からの習慣だ。体の弱い子供が生まれると親は、幼いうちは男女逆の服装をさせておく」
「なんで?」
「そうすると、死神や病魔が訪ねてきても、別人しかいないと思って帰ってゆくのだそうだ」
「へえ、なるほど。おもしろいなあ」
ゴンドワナの森の奥で暮らしていたキリにとっては、初めて知る風習だった。
「昔の人もうまいこと考えつくねえ」
「どこがだ。こんなのはただの古くさい迷信だ」
ラグナードは不愉快そうに顔をしかめた。
「俺も幼い頃は病弱で、女の格好をさせられていた。念入りに名前まで偽って、姫として育てられていたそうだ」
「ラグナードが!?」
ぷはっとキリが吹き出した。
ほっそりとした美しい王子様は、たしかにお姫様の格好も似合いそうだった。
かわいい声がして、キリとラグナードはそちらを見る。
人垣の中からスカアトをはいた女の子が歩み出て、
鎧をまとい帯剣した王子を、ほっぺたを赤くして見上げている。
左右で三つ編みにした髪がよく似合う、十歳くらいの少女だ。
「おれ、大きくなったら、王子さまのために戦いたいんです」
少女はキラキラした瞳でそう言って、キリは少し首をかしげた。
ラグナードは整った眉を寄せて、わずかに眉間にしわを作った。
「兵士になりたいのか」
庶民の言葉を流暢に操って、彼は子供に言葉をかける。
「はい!」
「そうか……」
無邪気な顔を見下ろしてラグナードはやや沈黙して、
それから強気な笑みを作って、少女の頭にぽんと手を置いた。
「ならば体をきたえておけ。
おまえのような勇気あるガルナティスの民を、俺は誇りに思う」
ぱあっと少女が表情を輝かせて、嬉しそうにおさげをひるがえして母親らしき女性のもとにかけよった。
良かったわね、と母親が少女の頭をなでて、ラグナードに頭を下げる。
キリは鷹揚にうなずくラグナードを横目に仰いで、
「なんだかエラそう」
ぼそっとつぶやいた。
人垣の向こうへと去ってゆく母娘を見送りつつ、キリは「うーん」とうなった。
「ガルナティスって、女の子でも兵士になりたがるんだね」
戦争ばかりやっている大陸では普通のことなのかも知れなかったが、キリには意外なことに思えた。
「ああ、もちろん女の兵もいるが──」
ラグナードは、おさげの子供の後ろ姿をながめて
「あれは男の子供だろう」
と言った。
「ええっ」
キリはびっくりして声を上げた。
母娘の姿は、完全に人混みの中に消えて見えなくなった。
「でも、女の子の格好してたよ?」
「このあたりに伝わる昔からの習慣だ。体の弱い子供が生まれると親は、幼いうちは男女逆の服装をさせておく」
「なんで?」
「そうすると、死神や病魔が訪ねてきても、別人しかいないと思って帰ってゆくのだそうだ」
「へえ、なるほど。おもしろいなあ」
ゴンドワナの森の奥で暮らしていたキリにとっては、初めて知る風習だった。
「昔の人もうまいこと考えつくねえ」
「どこがだ。こんなのはただの古くさい迷信だ」
ラグナードは不愉快そうに顔をしかめた。
「俺も幼い頃は病弱で、女の格好をさせられていた。念入りに名前まで偽って、姫として育てられていたそうだ」
「ラグナードが!?」
ぷはっとキリが吹き出した。
ほっそりとした美しい王子様は、たしかにお姫様の格好も似合いそうだった。