キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「それとも、怖い?」

キリが気づかうように尋ねてきて、ラグナードはムッとした。

「誰が……!」

こんな年下の少女に、鎧で完全武装した己があなどられるのは彼の矜恃が断固として許さなかった。

覚悟を決め、少女の後に続いて真っ白な色の中へと足をふみ出す。

「でも、霧の中では絶対にわたしの手を離さないでね」

しっかりと手をつないで歩きながら、キリはそんなことを言った。

「……離したらどうなるんだ?」

「魔法使いの忠告を聞かなかったらどうなるか?」

んふふ、とキリはまた昨夜のように含み笑いをした。

「それは、おとぎ話や物語の例とおんなじ」

「……覚えておこう」



霧はますます白を濃くして、もはやすぐそばにある立木の影さえおぼろにかすませていた。

降り続いた雨でしっとりと水をふくんだ明るい緑のコケは、歩を進めるたび、上等な絨毯のように深く沈みこむ感触を返してくる。



ふと、「それ」に気づいてラグナードは息をのんだ。

しんと静まりかえった白い色の中で、なにかの影が動いている。


人の形のようにも見える灰色のシルエットが、

淡くにじんだ木々の間を
いくつもいくつも、
無音のままこちらへと歩いてくるのが見えた。


背筋が冷え、思わず腰の剣へと手を伸ばそうとして、


「どこに行くの」

強く手を引かれて、ラグナードは我に返った。

「そっちはダメ」

見下ろすと、キリが怖い顔で彼を見上げていた。


足下に目をやり、はっとなる。
気づかぬうちに影たちのほうへと踏み出しかけていた。

そればかりか、

忠告を受けたにも関わらず
危うく、つないでいた手までふりほどくところだった。

からからに干上がったラグナードののどが、ごくりと音を立てた。


「こっち」

キリにうながされ、ふたたび白い視界の中を歩き出し──


ラグナードは、ぎょっとして足を止めた。


今度は行く手の目の前に、

はっきりそうとわかる人の顔が、無数に浮かび上がっていた。


半透明の首から上だけの頭部は、ちょうど人の身長ほどの高さにならんでじっとこちらを見つめている。


「見ちゃダメ」

凍りつくラグナードに、横でキリが静かに言った。

「こっちが見たら、向こうもこちらを見るから」

「あれは──……」

「人ではない何か。世界の始まりに、人になりそこなったモノとも言われてる」

キリはそっけなく言って、何でもないことのように歩みを再開した。

言われたとおり、極力そちらを見ないようにして、ラグナードも足を進める。

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