キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
二人を取り巻いて無邪気な笑い声を上げながら、雪山の小さな魔物たちは包囲の輪を小さくしていく。

「さがってろ」

ラグナードはキリにそう言って剣をかまえ、ヨクルの群を横薙(な)ぎに斬りはらった。


一振りで、数体の魔物の体が真っ二つになる。


続けて、ラグナードは剣を一振り、二振りする。

もたもたのろのろと動く雪人形は斬りたい放題で、何の抵抗もできずにバタバタと倒れてゆく。


「だめだよ!」

キリはラグナードの背中に向かって言った。

「剣で斬ったくらいじゃ、ヨクルの体はすぐにもとどおりに──」

彼女は言葉をとぎれさせた。


体が雪でできている魔物は、砕けたり真っ二つになってもたちまち周囲の雪を補充してもとの姿になるはずだった。

しかしラグナードに斬られたヨクルたちは、斬られた場所から形が崩れてただの雪の塊になってゆく。


キリは大きく目を見開いた。


ラグナードの手で、淡く剣が輝きを放っている。


昨晩、酒場で傭兵相手に彼が抜こうとしなかった剣には、両刃の刀身に九つの宝玉が埋めこまれ、宝玉の周囲に文字のようなものが刻印されてあった。

ラグナードが剣を魔物たちに向けるたび、宝玉の埋め込まれたその九つの刻印が発光し、斬ったヨクルを雪にもどしてゆく。


「なに!? その剣……!?」


最後の一匹を屠(ほふ)って、剣についた雪をヒュッと一振りして飛ばし、

「王家の宝剣【レーヴァンテイン】だ」

と言って、ラグナードは剣を鞘(さや)に納めた。

「レーヴァンテイン?」

キリは、魔物が雪塊へともどった周囲の白い地面と、不思議な力を持った剣とを見比べた。

「それって──魔剣?」

「失敬な! 聖剣だッ」

ラグナードは心外だとばかりに声を荒げた。

「この世に二つとない神聖な王家の剣【レーヴァンテイン】を魔剣呼ばわりするな!
レーヴァンテインは持ち主の精神を力として、ガルナティス王家に仇(あだ)なす邪悪をすべて斬り払うと言われている」

「持ち主の精神を力として……?」

キリはヨクルを斬った時の剣の輝きを思いうかべた。

「そんな剣を持ってるなんて──」

キリは息をのんで、まじまじと美しい若者をながめた。

やっと王子だという話を信じる気になったか、と息をはくラグナードに向かって、キリは恐れ多いものを見るような視線を送り、

「──まさか盗品!? 王宮から勝手に持ち出して来たの!?」

「俺の剣だッ!!」

吹雪にも負けぬ大声で、力の限りラグナードは主張した。
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