始末屋 妖幻堂
「・・・・・・うう。久々・・・・・・」

 張られた頬を押さえ、千之助は転がったまま呻いた。
 手の下はひりひりと痛いが、千之助は肩を震わせて笑い続ける。
 純朴な鄙娘をからかうのは面白い。

---狐姫が俺っちの色か。ま、否定はしねぇがな---

 くくく、となおも笑いながら、ようやく千之助は起き上がった。

 客がどんどん変死していく中で、なお人気を誇る太夫というのに興味を覚えたのは千之助だ。
 一目で彼女の正体を見破った千之助に惚れたのは狐姫のほう。

 半籬とはいえ、太夫ともなれば相応の金を払わねば、身請けなどできぬものだが、客が変死する『妖(あやし)の太夫』と評判になっていたため、そう高値はつかなかったのだ。

 狐姫のほうも、元々退屈しのぎのお遊びで廓に入り込んだだけであったので、千之助に身請けの金がなくてもついてきただろう。
 客の男が己に夢中になって身を持ち崩し、さらに身体まで蝕まれていくのを楽しんでいただけだ。

 廓の人間皆を殺してもついていくと言う狐姫を宥め、千之助はどこからか、きちんと身請けの大金を工面してきた。
 千之助としても、妖狐を野放しにしておくわけにはいかなかったのだ。

 それが、ざっと百年ほど昔のこと。
 当時の廓はもうないし、周りの人間も皆代わった。
 『狐姫太夫』を知る者は、すでにいないのだ。
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