始末屋 妖幻堂
「やれやれ」

 息をつき、千之助は立ち上がった。
 千之助にとって、気になるのは冴ではなく里のほうである。
 ぐるりと周囲を見回す。

---ここにゃ、特に何もねぇな---

 見上げた目が、樫の木の向こうに小さく見える祠に吸い寄せられた。
 岩山の上にある祠だ。

---あそこに行ってみるか---

 千之助は岩山に向かって歩き出した。
 先日冴と来たときと同じ道を辿り、まずは雨宿りした洞窟まで。
 そこで一旦千之助は足を止めた。

 冴も言っていた通り、人の足では、祠まではキツかろう。
 断崖絶壁の上に、せり出すように建っているのだ。

 しばらく洞窟から祠を見上げていた千之助は、ふむ、と一つ頷くと、洞窟の中に引っ込んだ。
 洞窟内に腰を下ろすと、気を落ち着けて、指を鳴らす。
 ぽっと、指先に火が灯る。
 その火をじっと見つめているうちに、炎はゆらゆらと意思を持ったように動き出し、やがて大きな鳥の形を模った。

「よし。ちょいと心許ねぇが、ま、しょうがねぇ。頼んだぜ」

 軽く指を振ると、炎の鳥は、ばさ、と羽ばたいて地に降り立った。
 炎を操るときは気分を落ち着かせないと、すぐに熱を持った本物の火になってしまうのが難点だ。
 今の鳥は、すでに千之助の手を離れたので、今後彼の気の変化で温度が変わることはないが。
< 184 / 475 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop