始末屋 妖幻堂
「少し前に、冴が泣きながら走ってきましたわ。ふふ、あの子、すっかりあなた様に心奪われているようで・・・・・・」

 赤い唇が妖艶に動く。
 気がつくと里は、千之助に寄り添うように、身を寄せている。

「わかりますけど。わたくしも残念ですもの」

「お冴さんを連れて行って欲しかったってことかい」

 わざと千之助は、話を逸らせた。
 だが里は、千之助を見上げて眼を細める。
 身体同士がぴたりと合わさるほど身を寄せ、腕を千之助の背に回す。

「それは、わざとかしら。それとも本気で鈍いお人なの?」

 至近距離で艶やかに笑う里に、目が奪われる。
 すでに岩を背にしている千之助には逃げ場がない。
 里は片足の膝を、千之助の足の間に割り込ませた。

「ここなら誰にも遠慮はいらないでしょ」

 そう言って、手を千之助の着物の合わせから滑り込ませる。

「ちょいとお里さん。あんたぁ、一体どんだけ飢えてんだ」

 里の手を取り、千之助は普通の女子なら怒るであろう言葉を投げる。
 だが里は、相変わらず笑みを湛えたまま、少しはだけた千之助の胸に唇を寄せた。
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