始末屋 妖幻堂
 それに、と狐姫は、にやりと口角を上げた。

『あちきは別に、精気を吸い取るのが目的じゃなかったもの。ただ単に、男どもがあちきに溺れて身を崩していくのを、楽しんでただけさ』

「おっかないねぇ」

 肩を竦める千之助に、狐姫は甘えるように顔を擦りつける。

『うふ。そんなことしてたから、罰が当たったんだねぇ。このあちきが、旦さんに骨抜きになるなんてさ』

 ごろにゃんと千之助の着物の合わせに顔を突っ込む狐姫をそのままに、千之助は立ち上がった。

 この家での用事は済んだ。
 次は佐吉の掘っ立て小屋だ。

 術を用いて見た事件当時のことを思い出しつつ、千之助は掘っ立て小屋を後にした。
 あのとき、佐吉が飛び出して行った方向へと足を向ける。

 佐吉の家は、ただでさえ村の端っこである。
 ちょっと歩けば、すぐに山に入ってしまう。

 少し歩いて千之助は立ち止まり、辺りを見渡した。
 頭上の月明かり以外は、何の灯りもない。

 しん、と静まり返った山の中で、千之助は目を閉じた。
 息を整え、神経を尖らす。

 さぁっと風が吹き、千之助の髪を嬲った。
 ゆっくりと目を開く。
 真っ直ぐに見つめる先に、周りの景色から浮かび上がるように、一軒の小屋が見えた。

『見つかったかい?』

 千之助と同じように前方を見ていた狐姫が、声をかけた。
 狐姫の目には、何も見えないらしい。

 頷き、千之助は足を踏み出した。
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