始末屋 妖幻堂
「んにゃ、今日は仕事じゃねぇ。いや、仕事じゃねぇことはねぇが、ま、そこはいいじゃねぇか。何だい、見世は開けねぇのか?」

 愛想良く笑みを浮かべ、千之助はちらりと爺の後ろを覗き見た。
 しん、と静まり返った楼内は、あまり灯りもなく、この時刻の廓にはあり得ない雰囲気だ。

「ああ。主が、ちょっと遅らせろって言うもんでね。遊女らも、部屋から出ないよう言われてるんだ」

「へぇ? 何かあったんかい? 折角客として来たってのによ」

 話しながら神経を尖らせると、見世の奥のほうから妖気が漏れているのに気づく。

「そりゃまた珍しい。ま、小間物屋さんも若ぇ男だ。もうちょっとしたら開くと思うよ」

 からからと笑う爺に、狐姫がきろりと目を向ける。
 ちなみに狐姫は、相変わらず千之助の肩にいるのだが、狐姫ぐらいになれば、自分で姿を現そうとしない限り、普通のヒトなどには見ることは叶わない。
 今も爺には見えていない。

「・・・・・・遊女らは、全員部屋に引っ込んでるって?」

 注意深く廓内を探りつつ、千之助は爺に確かめた。

「ああ、ま、遊女にとっちゃ有り難い休息だろうさ。喜んで、皆引っ込んでるよ」

「そうか。そいつはこっちとしても有り難ぇ」

 疑問符の浮かぶ爺の目が、次第にとろんとなる。
 いつの間にか、千之助の指先から細い煙が上がっている。
 話している間に、香を焚いていたのだ。
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