執着王子と聖なる姫
紡ぐ言葉が見当たらず俯きかけた愛斗に、志保が更に言葉の縄を編む。

「アキちゃんは、女手一つで大事に大事に育てられてきた一人息子だったわけ。おばさんが生きてたら絶対反対しただろうに」

あーあ。という志保の声と、バンッとテーブルを叩く音が重なる。ジロリと志保を睨み付け食い縛った歯の奥から呻き声を洩らしたのは、いつもは優しげな目を目一杯吊り上げさせたメーシーだった。

「麻理子をわかってやれるのは俺だけだ」
「そんな優越感のためにマリコ姫と一緒に居るの?」
「ちがっ…」
「アキちゃんは偽善者だよ。浮気されて別れなかったのも、その優越感のため?」
「煩いっ!」

立ち上がったメーシーを静かに見上げ、編みあがった縄で志保は縛りにかかる。

「アキちゃんは偽善者だ。だからいつまでもマリコ姫の前でフェミニストのフリしてるんでしょ?」
「違う…違う!」
「あっ。捨てられのが怖い?そうだよねー。マリコ姫はいつだってモテモテだったもんね」

志保の編んだ言葉の縄で雁字絡めにされたメーシーは、為す術も無くただグッと唇を噛んで耐えていた。

こんな姿初めて見る…と、不測の事態に息子である愛斗は困惑気味だ。

「親もいない、マリコ姫のせいで友達もいない。そんなアキちゃんは、マリコ姫に捨てられたら独りぼっちだもんね」
「俺は…」
「本当は弱虫なくせに。弱虫だからマリコ姫と一緒に居るくせに」

無理矢理に心を裸にされ無防備なまま雁字絡めにされたメーシーは、ギュッと両拳を握ってその痛み耐える。噛んだままの唇には、血が滲んでいた。

「愛斗君も覚えておくといいよ。女は独りでも生きられる。マリコ姫だって、アキちゃんがいなくなったって平気なんだから」
「それは…どうかな…」
「男の幻想だよ。女はしたたかだから」

立ち上がり、志保はメーシーの頬に手を伸ばす。ゆっくりと指先を移動させて唇に触れると、血の滲んだそこをそっと撫でた。

「本気の相手から逃げるなんて卑怯な真似、絶対許さないから」

じっとメーシーを見据えるその瞳は、千彩や聖奈に負けず劣らず真っ直ぐな瞳で。家で待っている聖奈の姿を思い浮かべ、愛斗はズキンと胸の奥が傷んだ。

「アキちゃん、忘れちゃダメよ?優しさや同情が人を傷付けることもあるんだから」
「わかってる…よ」
「だったらいいの。マリコ姫が待ってるから、早く帰ってあげなさい」

漸く縄を解いた志保は、にっこりと優しげに微笑む。それから逃げるように、メーシーは店を出た。

「大丈夫よ。あそこまで痛め付けたんだから、彼はどっちも傷付けたりしない」

この人が最強だ。と、愛斗は素直に負けを認めた。

それほどに目の前の心理戦は壮絶で。初めてメーシーが言葉も出せないほど打ち負かされている姿を見た愛斗は、「この人には絶対逆らわないでおこう」と堅く心に誓って店を出た。
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