太陽には届かない
最期
陽射しは夏のそれなのに、時折春めいた風が吹く。

向かいの一軒家では、庭の木陰に犬が寝転がっている。
ああしていれば、いくらか涼しいのだろう。
時折、耳をピクリと反応させているのが、ここからでも分かった。



『今日は洗濯日和だな…』



陽菜はベランダの柵にもたれかかり、小さく呟いた。

どこからともなく、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。


2年前の夏、陽菜は人生最低の経験に耐えきれず、このベランダから飛び降りようとした事がある。



何故あの時、自殺を思い留まったんだっけ…


そして再び、陽菜はその手すりを乗り越えようとしている。


何もかもが鬱陶しい。


振り返った部屋の中は、昨日までの生活感がない。
唯一、テーブルの上の携帯電話だけが、陽菜がここにいたという証のようにも思える。


『どうしよう…かな……』


陽菜がそっと目を閉じ、呟くと同時に、その体はふわりとした感覚に包まれた。
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