触れないキス
特に何も進まないまま、美術の授業を終えた後。


「……あれっ?」

「どしたー?」

「ペンケースがない……」


最後のホームルームのために教室に戻ってからバッグの中を漁っていると、忘れ物をしたことに気付いた。


「たぶん美術室だ。取ってくる」

「いってらっしゃーい」


凜に軽く手を振られ、私は小走りで教室を出た。

各クラスへと戻る人達の波に逆らって、もう人気のない棟へ向かう。

美術室には案の定誰もいない。


「……あった!」


しゃがんで自分が座っていたテーブルの下を覗くと、やっぱりそこに置き忘れていた。

素早く取って戻ろうと立ち上がった──その時。


「ひゃっ!?」


──カシャンッ!

私の変な叫び声と、床に落として散らばる筆記用具の音が響いた。

突然目の前に人が立っていたから、驚いてビクッと肩をすくめたのだ。


び……ビックリしたぁ!! 人がいたんだ!

どうやら、壁に掛けられた卒業生が描いた絵を見ていたらしいその人は、私の声に気付いてこちらを振り向いた。

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