君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。
と、その時だった…。
暗闇を裂く様に、自宅の電話が鳴り響いたのだ。
手離し始めた意識の中で、脳みそを震わせる様に、電話の音ははっきりと鳴り響いた。

スッと…、彼の掌から力が抜けた。
途端に肺や脳がむせるくらいに、器官を伝って酸素が流れ込んだ。
突然許された呼吸は、苦しかった。
視界が周り、脳には電話の音だけが鳴り続けている。
だらしなく唾液が口からこぼれ、言葉を発そうにも、下が回らない。
喘ぐ様に呼吸を繰り返す。肺が膨らむ。涙と汗で顔中がぐちゃぐちゃなのが分かった。

とやかく考える余裕なんて無い。
与えられた酸素に貪りつく様に、口をパクパクさせるだけだ。
いつ思考停止してもおかしくなかった。
思考停止してくれればどんなに良かったかと思った。

しつこく鳴り響く電話の音の向こう側で、夜くんの声が聞こえた。
生きてる、と思った。
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