君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。
たった今朝までは、あんなに暗くて重い気持ちを抱えていたのに、数時間でこんなにも気持ちが軽くなるなんて、思ってもいなかった。
それも、あんなに傷つけてしまった、藤原さんの言葉によって。
人との繋がりって凄いと思った。

もうほとんど氷が溶けてしまったパイナップルジュースを一口飲んで、美味しい物を美味しいと、ちゃんと思える余裕が出てきた事も嬉しかった。
清々しい気分のまま、私は藤原さんに訊いた。

「藤原さんにも、とても大切な人がいるんですね。」

藤原さんは照れ臭そうにはにかみながら、言った。

「今はまだ一方的なんだけどね。
これからね、大切にしていきたいと思っている人がいるんだ。」

喫茶店を出て、藤原さんとはそこでお別れした。
まだ夕暮れ前という事もあったし、冗談っぽく「今日は送っていかないよ。」って言った藤原さんの言葉に二人で笑いながら、私達は手を振って、別々の道を歩き出した。

先に歩き出した藤原さんの後ろに繋がる彼の影を眺めて、いつかその隣に、もう一つ影が並ぶ事を、私は願った。
人を大切にしたいと願った藤原さんの想いが、きっと届けばいいなって思った。

まだ内緒だよ、と微笑みながら、「弥生ちゃん」と教えてくれた、あの藤原さんの笑顔を、私はいつまでも憶えていたいと思った。
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