君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。
5
あれから時間は、あっという間に流れていった。

あの夏休みの一週間、たった一週間が、今までの人生で一番濃い日々だったと思う。
あれから、旅行から帰宅したパパとママのお土産話をうんざりするくらい、繰り返し聞かされながら、私はあの一週間の事を、何も話していない。
いつの間にかぱったりと顔を見せなくなった夜くんの事を、パパとママは何にも言わなかったけれど、娘の嫁入りはまだまだ遠くなった事を、パパが喜んでいる事に、私は気がついている。
そんなパパを見ていると、夜くんが顔を見せなくなった本当の理由なんて、言えるわけがなかった。
パパとママを悲しませたくないと思う一方的で、夜くんが戻ってくるかもしれないという期待と、その時に夜くんをもう一度迎えられる場所を守りたかったのかもしれない。

いつの間にか十月になって、季節はすっかり秋になった。
もみじの木が緑色に葉をつけ始め、もうしばらくすれば綺麗な紅葉が見られるだろう。
しつこく続いていた残暑も、蝉の大合唱も突然終わり、今は薄い上着が欲しいくらいには、涼しくなった。

普通に高校に通い、授業を受ける。
友達と弁当を食べて、恋の話に夢中になる。
相変わらず週三回くらいの頻度でバイト先に顔を出し、藤原さんと美神さんのやり取りに笑って、そんな日々だ。

大きく変わった事は、一つだけ。
夜くんが隣に居ないという事。

バイト中、ゆっくりとコーヒーを淹れている時、睡魔を噛み殺す授業中、難しくて解けない宿題をやっつけている時、不意に彼の事を思い出す。
そして、「愛」について頭を悩ませるのだ。
今もやっぱり「愛」は、難しくて、答えの出せない哲学だった。

夜くんが隣に居た頃、受け取った理解に苦しむ程の、沢山の愛も、今は懐かしくすら思う。
今はもう戻れない夏。
消えてしまった、あの夏の毎日の様に、夜くんの存在が、儚く消えてしまおうとしていた。

繰り返し夜くんを思い出して、繰り返し、思った。
握りしめた彼のTシャツの裾は、今はもう届かない場所に在るという事を。
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