ヒコーキ雲に乗って
「私、荻原教授のゼミにしようかと思ってんねんけど。」

食後のアイスコーヒーにたっぷりのシロップを入れながら、夏海が口を開いた。


「…はぁ!?ありえんありえん!!!」
「正気か夏海!!」

貴子と私が口々に抗議の声を上げる。

荻原ゼミと言えば、先輩達からの情報でも、同級生達の間でも、最高にしんどいゼミである事で有名だったからだ。

毎週課題提出は当然の事、その課題をみんなの前で発表し出来が悪ければやり直し、卒論の量も半端がないという噂は、大袈裟ではなく真実らしいからたまったもんじゃない。

「あんなゼミに入ったら、バイトだってする暇なくなるで!第一研究テーマもアジア経済か何かやろ?全く興味ないし。」

今のバイト先がよっぽど楽しいらしく、学業よりも断然バイトを優先したい貴子が、必死の抗議を続ける。


すると、夏海は更に驚く事を言い出した。

「うん。だからあたし一人で荻原ゼミにしようと思って。香澄と貴子、2人で別のゼミにしてくれて全然いいよ。」

この発言には、さすがの貴子も驚いて声が出なかった様だった。

「なんでそこまで荻原ゼミに入りたいの?」

どちらかと言えば、いつも私と貴子の後ろからついてくるタイプだった夏海が、ここまでこだわる理由が気になったので尋ねてみた。

「うーん…。」

夏海がゆっくり話し始めた。


「なんかね、私大学に入学する前、キャンパスライフっていうのにすっごく憧れてたんよね。この2年間、貴子と香澄と3人で色んなところ遊びに行ったりして楽しかったし、確かにそーいう意味では充実した生活やったと思う。」

水滴のついたグラスを眺めながら夏海が続ける。

「でも、私が本当に大学に入ってやりたかった事って何やったんやろうって、このままでいいんかなって最近すごい考えるようになって。そしたら急に、残りの2年間本気で何かに打ち込んでみたいって思い出してん。」



驚いた。

夏海も私と同じ様な、感情を抱いていたのだ。

楽しいけれど、何か違う。楽しいけれど、どこか心虚しい。

でもどうしたらいいのかわからない。そんな歯痒さを感じていたのだ。







< 3 / 40 >

この作品をシェア

pagetop