嘘つきヴァンパイア様




呉羽に手を引かれながら涼子は迷った。いま、思っている事を言ってもいいのか。言わない方がいいのか。

けれど、きっとこのようになったのだから言わなければならない。





「あの、呉羽…さん?」

ピクリと呉羽の身体が揺れ、立ち止まる。その広く大きな背中を見上げれば呉羽は手を握り締めたまま涼子を振り返る。


「なに?」


少し、イラついているような声。薄暗い病棟の廊下に呉羽の声はよく響いた。



「えっと…その、なんて言いますか…ごめんなさい」


真っ直ぐ見下ろされ、その鋭い視線を直視する事など出来なく視線を逸らす。


「ごめんなさいって、なにが?」



「ですから…わたしは覚えてなくて、このまま呉羽さんと結婚とか考えるのは難しいです…恋人とか言われても…わたしは…」


「だから、なに?別れるって?それは、無理」

「で、でも、記憶がないんです。せめて、暫くの間は距離を置きたくて」


「そんな事をする意味はない。それに、俺にはある。涼子と過ごした記憶」


「そう、言われても。昨日、駅のホームで初めて会った気がしてなりません」


握られていた手を振り払う。あっさりと手を離した呉羽はため息を吐きながら軽く髪の毛をかきあげた。



「それは俺達が初めて会った記憶。事故でごちゃごちゃになってるんだ。もう、いいよ。そんな言葉は聞きたくない」

「ひゃっ」


足早に涼子に近づくと、呉羽は近づいた距離に身体を震わせる彼女に手を伸ばす。


瞼をギュウと閉じ一歩下がる涼子を逃さまいとその肩に手を置き少し強引に抱き寄せた。







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