黒水晶
「父さん……!」
エーテルは顔を伏せながら、ヴォルグレイトに突き刺している魔術針を消した。
全身から力が抜けるのを感じたが、彼女は余力を使い、魔術の力でヴォルグレイトの体を浮かせ、そっと床に寝かせる。
イサをはじめ、エーテル以外の者はヴォルグレイトの顔を覗き込むようにして彼の周りに集まった。
ヴォルグレイトは瞳をうっすら開き、視線の動きだけで自分を見つめる人々を見回した。
子供達やテグレンは、我慢することなく泣いている。
“イサは一人じゃない、か。
こんな悪人のために泣いてくれる仲間がいるのだから……。
そんな目的でルミフォンドをここに連れてこさせたわけじゃなかったが、
イサを旅に出して、本当によかった……”
「マイ様。リンネ様。テグレン様。
すまないが、私の代わりにイサのことを頼む。
私の代わりにイサを……守っ……」
ヴォルグレイトは、もう、息絶えそうだ。
“私の野望の犠牲になった者達に、こんな頼み事をするのは虫が良すぎる。
それは分かっているんだが。でも……”
先の長い人生。
イサには幸せに生きてほしい。
それが、ヴォルグレイトの最期(さいご)の願いだった。