毬亜【マリア】―信長の寵愛姫―
「なぜ撤退を? 義元が欲しいのはこの女なのに。目と鼻の先に居て、手を出さずに帰るなんて」

 口調の感じから、信包だとわかった。

 反射的にびくっと私の肩が跳ねると、信長が優しく私の背中を撫でた。

「信心深さが仇になったようだな」

「兄上、どういう意味ですか?」

「戦の『勝利の鍵』が我が軍にある以上、戦を仕掛けても、勝利は我が軍のものになる。戦を仕掛けるなら、『勝利の鍵』を手元に置いてからだと考えたのだろ」

「では、戦以外で彼女を奪いにくると?」

 今度は藤吉郎の声がした。

「そうだろうな。四六時中、儂が傍にいれば手出しは不可能だろうがな」

「『四六時中』だと?」

 信包の明らかに嫌そうな声で、信長の言葉を繰り返した。
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