pierce,prince
台所で洗い物をしていた葵が
そっとリビングを出ていった。
…いまのうちに
あたしの家に帰ろう。
あたしはさりげなく
リビングを出る。
案の定、話に熱が入っていて
あたしが出ていったことに
気づいた人はいない。
リビングからの声が漏れる廊下を
そそくさと足早に歩いてゆく。
きれいに揃えてあった
パンプスに足を入れ
あとは目の前にはばかるドアを
ひと押しするだけだったのに
「…海。」
背後からのあたしを呼ぶ声に、
思わず肩があがってしまう。
「ふっ…なにびっくりしてんの?
なんか泥棒みてーだな。
…そのおどろきかた。」
照明の消えている暗い廊下に
差し込む光は
リビングからの光だけ。
暗がりの廊下に響く声は
───‥あまりにも妖美な声色で
「…ケーキ泥棒。」
惑わされ振りかえってしまう。
『……葵…。』