とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】
洗面所でペタンと腰を下ろし、惜しげも無く服を脱ぎ落とす理美の姿を膝を抱えて眺めていた。余程怒っているのかそんな俺を完無視して風呂場のドアを押し開け、理美はすりガラスの向こう側へと姿を消す。

もううとうとしかかってんだけど、ここで寝たらきっと足蹴にされる。そんなことを思いながらもう閉じそうな目を擦って頑張ってると、ふとあることに気が付いた。流れる水音に混じって、理美の声が聞こえてくる。何か俺に文句でも言ってるのだろうかと顔を上げると、さっきまで立っていた理美がしゃがみこんでいるのが見えた。


「あぁ…もぉっ」


勢い良く立ち上がり、すりガラスの入った扉を押し開ける。そこには案の定蹲って泣いている理美の姿があって。シャワーがかかって濡れることなんかお構いなしにそこに踏み込み、蛇口を捻ってその水を止めた。

「理美、ごめんって」
「もぉ…いい」
「ホント、サキと遊んでただけだから」
「渉の言う事は…信用出来ない」

蹲ったままのその体を抱えて湯船に浸け、向かい合う形で引っ張ってきた風呂場の椅子に腰掛けた。さっきシャワーから出る水がまともに掛かったもんだから、もう下着までずぶ濡れ。ここまで濡れたら何したって一緒だし、どうせ着替えなきゃなんねぇし。それより、こいつを泣き止ませることの方が先決。

「あたしじゃ不満?なら何で付き合おうなんて言ったの?」
「そんなじゃねぇよ」
「いっつもそうじゃん。サキと遊ぶとか言ってキャバクラ行って。渉は嘘ばっか」
「サキと遊んでるのはホント。たまたま…そう、たまたま毎回そうゆうトコ行こうって話になるだけ」

そう、たまたま。学業優先の彼女を持つサキと、仕事優先の彼女を持つ俺。どっちも実は寂しがりやで、彼女に構ってほしくて。

でもなかなか言い出せねぇもんだから、2人揃って遊んでるってわけ。そんな言い訳、女には到底理解出来ねぇんだろうけど。

「だってさ、いつもお前仕事忙しそうじゃん。会いたい時に会えねぇし。俺だって結構我慢してんだよ?」
「仕事だから仕方無いじゃん」
「俺だって仕事してるし。でも、何とか都合つけてお前に会いに行くじゃん。ファン撒いてまでさ。一苦労なんだよ?」
「知ってる」
「だったら俺のこともっと構ってよ。あんま構ってくれなさ過ぎっと浮気する」

ホントは、浮気する気なんて更々無い。
でも、たまにはこんな脅しも必要だろ?って思う。
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