女の隙間、男の作為
松岡祥平なる男はあたしが知る人間のなかでも最高の部類に入るペテン師だった。
『カノ。あんたに餞別代りに情報仕入れてきたよ』
事の発端は瑞帆のランチタイムの発言。
7月下旬にあたしの異動が発表された直後のことだ。
あたしはそれを聞くや否や怒り心頭の言葉に相応しい鬼の形相になった(らしい)。
『松岡さん、ちょっといいですか?』
珍しく定時で帰れる業務量だったにも関わらず、残業してまで隣のグループの営業マンの帰りを待った。
そして戻ってきた瞬間にその首根っこを掴んで使われていない会議室に引っ張っていったのだ。
『なに?ついに俺の気持ちに応えてくれる気になったとか?』
今すぐに殴ってやりたい症状に駆られながらもぐっと堪えたあたしはこの男よりはずっと大人だったと思う。
『松岡さん?』
あたしだって30年近く生きていればここぞとばかりに満面の微笑を浮かべることくらいはできるのだ。
(瑞帆ほどの完成度ではないけれども)
クールビズ期間だからその首元にネクタイはないけれど、男のシャツは相変わらずポールスミスだった。
苦手意識を持っていた黒曜石の瞳にぶつかっても逸らそうだなんて思わない。
『笠原紘太にいったい何を言われてココに異動してきたの?』
その整った顔から一瞬だけ表情が消えたのが動かぬ証拠。
『…バレないと思ってたんだけどなぁ』
悪びれないその態度。
本気で自分に気があると思っていたわけではないけれど騙されたと感じるには十分すぎるほどの代物だ。
『牧村拓海。あんたの同期。瑞帆の旦那だってこと知らないわけじゃないでしょうが』
瑞帆が拓海くんに聞いて知りえたその情報に二人で憤りどこかで納得したことも事実だ。
松岡が5年前に所属していた本体での部署は、その当時コウくんが一年の大半を掛けて取り組んでいた大型新規設備の導入計画の主管部署だった。
つまり当時二人は一緒に仕事をしていたわけだ。
『うっかりしてたよ。あたしだって一度や二度はあんたとメールなり電話なりしてたはずなのに』
当時は始めての大型プロジェクトの仕事を手伝うとあってあたし自身もパニックだったのだ。
だから本体の誰が関わっていたのか正確に把握するより先に終わってしまったという印象が強い。
『俺もカノことは実はあんまり覚えてないんだけどね』
“こっちもあれだけでかい仕事は初めてだったし”
『コウくんとはそれ以来のゴルフ仲間とか?』
『否、俺は釣り仲間のほう』
あぁなるほどと合点がいった。
そういえば彼の趣味はゴルフと釣りで、あたしの不可侵聖域だったっけ。
今週はお偉方と接待ゴルフだとか、来週は釣り仲間と夜釣りだとか…
週末ですらあまり一緒に過ごせない男だった。
(それでもいいと思えるほど惚れていたのも事実だけども)