女の隙間、男の作為
パスポートの名前を変えるつもりは今のところない。
しかしながら以前はひっそり考えていた“おひとりさまの老後”の未来を見ないようになったことも事実だ。
「結婚したくなったらいつでも言えよ。フロリダまで式挙げにいくし」
「ハイハイ。フロリダに来るヒマあったらしっかり仕事とってきなさいよね。
あたしがいなくなって売上落ちたらフロリダ産イケメンに即・乗り換えるから」
「来期、死ぬほどフロリダオフィスに発注掛けてやるから覚悟しとけ。
浮気の隙は一切与えません」
「期待してる~」
出国ゲートを潜るまで、結局こんな会話ばかり繰り返していた。
「カノ」
「んー?」
見上げた先にはオフィスで見る結城圭史の顔があった。
「ちゃんと言ってなかったよな」
「なにを?」
またプロポーズか?と思ったけれどまったく別のものだった。
「がんばれよ」
その瞬間。
堪えてきたものが溢れそうになるのがわかった。
「がんばって来い。カノならどこでも一流の仕事ができるよ」
同じ台詞を飽きるくらい色んな人に言われた。
でも、コレは全くの別物だ。
「…ありがとう」
ここで泣くのが正解だろう。
公衆の面前で抱き合ったりしてドラマティックなお別れ。
でもそれは岡野麻依子じゃないから。
「がんばれ」
しつこいほどに繰り返されるそのワンフレーズ。
「あったりまえでしょ。あたしを誰だと思ってるのよ」
あたしはあたしらしく。
“じゃーね。圭史”
“え。ちょっとカノちゃん、今のもういっかい…!”
“やーだね。バイバーイ。しっかり働けよー!”
名前を呼んだくらいでご機嫌になるなんてちょろい男だ。
でもまぁしばらくお別れだし。
最後に見せてくれた表情がアレなら悪くない。
次の隙間が出来たらあの顔を思い出すことにしようと思う。