女の隙間、男の作為

「マイちゃん。また、運転手待たせてるよ。早くしなって」

「うっさい。むっくんも起きてるならちゃんと起こしてってば!」

フラットを右に左にドタバタと行き来しながら着替えと化粧を済ませる。

フレックスが認められないなんて聞いてない!と最初は怒り心頭だったけれど、近頃はようやく9時出社に慣れてきた…と言いたいところですが、見ての通り遅刻の常習犯である。

「何度も起こしたよ。でもマイちゃん、爆睡してるんだもん」

「“もん”とか言うな!髭面で可愛くない!」

「マイちゃん。八つ当たりは見苦しいよ?彼氏に浮気されるよ?」

「うるさい!文句あるなら今すぐ自分のアパートに帰れ!」

サングラスとバレンシアガのバッグ、それから玄関に脱ぎ捨ててあるジミーチュウのパンプスに足を突っ込んで背後の弟に捨て台詞を吐く。

フロリダに越してきてすぐ、様子を見に来たといって弟の睦月がやってきて、あたしのフラットを見るや否やこうして転がり込んできた。

うちの本社が借り上げしているこのフラットは一等地に建つ超高級物件らしく家具・家電諸々まで一級品なのだ。
(あたし自身もはじめてココに入ったときは驚いた)

ゲストルームを勝手に自分の部屋と決めたらしい弟は図々しくも居座り、ここから大学に通っているというわけ。
どうやらうちのオフィスと車で20分の距離らしく、ドライバーを呼べない時は睦月に拾ってもらったりしている。

(まぁ快適な住空間を提供してあげてるのだから、これくらいは当然の義務でしょう)

「マイちゃん。忘れ物~」

「え?あぁ、ありがと!」

睦月の手からタンブラーを受け取って、ついでに髭の生えた頬にちゅーもしておく。
タンブラーの中身は野菜ジュースだ。

フロリダに来て何が困ったって、あたしのアイデンティティであるフレックスとパックの野菜ジュースが無いことだ。

朝は野菜ジュースを飲まないと前日の酒が浄化しないのに!
(そう思いこんでいるだけだけど)

苦肉の策でジューサーを買い、可愛い弟が毎朝手作りで野菜ジュースを作ってくれるという献身ぶり。

出勤途中にカフェによってテイクアウトしてもいいのだけれど、こうして毎朝遅刻ギリギリなのでドライバーに寄り道なんて頼めないのだ。
(それに自宅で作るほうが経済的だし)


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