女の隙間、男の作為

「あ~今日もよく働いたな。がんばったなあたし」

帰宅して手洗いうがいして服も着替えてから、リビングのソファに身を沈める。マスクから解放された口元には、よく冷えた缶ビール。
残念ながら相変わらず料理は苦手なので、便利な現代ツールを使って夕飯を調達したところだ。最寄りの駅で夕飯を受け取れるなんて、時代の進化ありがたい!
ベトナム料理とビールを満喫しているところで、玄関が開く音がした。時刻は午後8時。今日はずいぶんと早い帰宅だ。

「ただいま~」
「あ、おかえり~。こんなに早いと思わなくてふたり分には少ないかも。ごめん」
「いいよ。適当になんか食べるから」

二年前までは帰ってくるなり抱きついてきたりキスしてきたりと鬱陶しかったけれど、コロナにもいい面があるのか帰宅直後はソーシャルディスタンスを保ってくれる。
(でも手洗いしてアルコール消毒してから、近づいてくるんだろうな。暑苦しいな)

「マイもおつかれ~」
「ハイハイ、おつかれ」

着替えて冷蔵庫からビールを出してきた夫は、当然のようにソファの横に座りあたしの肩を抱く。

「しかし会社の古い慣習を変えたくて、昇進急いだのに全然思うようにいかなくて余計に疲れるな」
「こういうものは根が深いからそう簡単にはいかないんだよ。相変わらず役員席はほぼ本社からの天下りで埋まってるからね」
「岸岡さんが役員なったのは奇跡の人事だからな」
「そりゃあたしが身売りしたんだから、それくらい当然でしょ」
「まだ根に持ってるわけ?」
「ううん。ただこれ言うとキッシーの眉尻下がるのが面白いんだもん。あとジュースおごってくれるしね」
「岸岡さんがマイを手放して俺の部署にくれれば完璧なのになぁ」
「あんたね、夫婦が同じ部署で働くとか無理でしょ。そもそもあたしの査定をあんたがやるとか許されないからね」

数年前に部編成が変わったおかげで、結城は新部署の部長となりあたしは旧部署に残留となった。電池の市場はどんどん大きくなっていくおかげで、部がふたつに割れた。あたしは役員秘書をメインに御子柴のアシスタントだけ続けている。
10年前、あたしをフロリダに売ったおかげでできた本社への大きな貸しを武器に、岸岡さんは役員となり会社の体制にメスを入れ始めている。結城を新部署の部長に推したのも岸岡さんだ。会社にだって世代交代は必要だ。
< 145 / 146 >

この作品をシェア

pagetop