女の隙間、男の作為















「あれ?カノー?」

まだ地下鉄が走っている時間だったし、夜風が気持ちよくてダラダラと歩いているところだった。
地下鉄の駅をひとつだけやり過ごしていつもより一駅多く歩いたのが余計だったのかもしれない。

あぁ、そうか。
此処はコイツの最寄駅だ。

「結城・・・」

いま、いちばん顔を見たくない相手。
会ってはいけない相手。

少なくとも冷静になるまでは。
もしくは正体を失うまで酔うまでは。

「なんでお前がこんなとこ歩いてるの?」

いつものスーツ姿だけれどネクタイはしていない。
その手にはコンビニの安っぽい袋。

仕事帰りのその姿なんて見慣れているのに、どうして胸がざわついたりするのだろう。

“今日って隣の飲み会じゃなかった?”

当然のように近づいてくるその姿を俯いてシルエットで確認する。

「あぁ、うん。早めに終わったから酔い覚ましの散歩ー」

「こんな時間にひとりで歩くなよ」

“松岡は何してんだよ”

そんな小言すらも正しく脳に届かない。

「カノ?大丈夫か。そんなに飲んだわけ?」

顔を覗き込まれて反射的に口元を隠してしまった。
あたしにそんな癖がないことを知っている結城がそれを見逃すわけもない。

あぁなんであたしは逃げ出したくなっているのだろう。
この男から目を逸らさなくちゃいけない理由なんてなにひとつないはずなのに。
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