シンデレラに玻璃の星冠をⅡ
「どうして…紫堂櫂を、あたしは助けてやれなかった!!!」
そうぽろぽろと涙を落とす彼女…七瀬紫茉は、後悔と無念さに胸が押し潰されそうだった。
「芹霞は…芹霞はどうしている!!!? 記憶は…戻ったのか!!?」
紫茉の声を受けた少年…皇城翠は、ますます声音を低めた。
「変わらないらしい。完全に記憶が抜けてる」
「……戻らないのか!!」
「うん。芹霞は…紫堂櫂のことを全て。最初からいなかったかのように、丸ごと忘れてしまったまま。それ以外のことは全て鮮明に覚えているのに、紫堂櫂のことは名前を聞いても写真を見てもまるで駄目らしい」
「今、芹霞は何処に?」
「紫堂本家。紫堂玲が離さないらしい」
「玲が…。しかし、玲は櫂の従兄。芹霞が櫂を忘れていたとしても、記憶の齟齬というものは出てくるだろう?」
「それが…都合良く解釈――というか、矛盾や疑問を考えようともしないらしい。その…どうでもいいことだと。
葬式を見ても、"玲くんの以前の次期当主"としてしか認識してないみたいだ。櫂と同じ顔の久涅のことも記憶がなく…友好的に接しているらしいぞ。紫堂櫂を…追い詰め海に放った男なのに」
「何と言うことだ!!!」
紫茉は両手で顔を覆った。
翠は…泣きそうな顔で続けた。
「芹霞は…12年間の幼馴染を救うため、自ら蛆と蝶の盾になろうとしたんだ。自分の命を投げ出してまで助けようとした惚れた男が、目の前で自分の姉に殺され、海に捨てられたんだ。気が狂わないだけマシさ。後を追おうとした泣き喚く芹霞を、瀕死寸前の紫堂玲が助けなければ…芹霞の命もなかった」
「……」
「芹霞の記憶がなくなったのは、紫堂玲が何かした為かどうかはよく判らない。だけど紫堂玲は…櫂の兄…久涅に跪(ひざまず)いて、そして今、本当に紫堂財閥の次期当主になったんだね」
思い出すのは、主である紫堂櫂を助けようと必死になっていた彼らの姿。
その1人が紫堂玲であり、櫂の前の次期当主であったはずの彼の忠誠心は…強かった。
傅(かしず)いてまで、紫堂玲が肩書きを望んだ理由は、翠にはどう考えても判らなかった。
「頭にくるのは、久涅は…次期当主の肩書きなんてどうでもよかったと…ほざきやがったこと!!!
そんな奴の為に、櫂は…肩書きを剥奪されて…死んだのかよ!!?」