シンデレラに玻璃の星冠をⅡ
少年は思い出す。
最期の…紫堂財閥の御曹司を。
「本当はさ、芹霞を置いて走れば、間に合えたんだ、あいつ。汽笛もまだ鳴り終えてなかった。だけど…走らなかった。走ろうとしなかったんだ。芹霞を見て…芹霞の背中に手を伸して、泣きそうな顔をして何かをぐっと堪えていた。蛆がどうの蝶がどうの…そんなの関係なく」
「どうしてだ!!?」
「判らないよ。だけど…見た限りでは…、あいつはまるで初めから覚悟していたように…そんな潔い態度で殺されたんだ」
「覚悟って…芹霞を残して逝くなんて、ありえないじゃないか!!! 大体、死ぬなんてものは、覚悟して出来るものじゃないぞ?」
「うん…。そうなんだけれど…だけど俺には、そう見えたんだ」
俯いて少年は…膝に置いた拳を震わせた。
「どうして俺…もっと勉強してこなかったんだろう。俺がもしあそこで櫂を助ける力があれば…櫂は死ななくても良かった」
その声は涙交じりだった。
「ワンコだって…あれだけ紫堂櫂の忠犬だったのに、俺は無力で。葉山だって…本当にぼろぼろだったんだ。全身複雑骨折で…今、紫堂玲の命令にて、紫堂の何だかっていう病院に入院してる。由香は…行方不明。ばらばら…なんだよ、あれだけ紫堂櫂の元に1つに纏まっていた奴らが。俺が…俺が何か助けてやれれば!!!」
紫茉は翠を抱きしめ、その背中をぽんぽんと軽く叩くようにして慰める。
本当は…彼女も同じことを思っていたのだ。
力があれば。
力があれば、大好きな友達を救うことが出来たと。
最後にどうして自分は…この皇城本家に、兄の言うが儘に留まってしまったのか。
自分が芹霞の代わりに、蛆だの蝶だのの盾になっていれば、少なくとも紫堂櫂は芹霞を気にして留まらず、走りきることが出来たのではないかと。
そして――
ふと思った。
「――翠。お前、蝶って言ったよな?」
身体を離して、濡れた藍鉄色の瞳を覗き込む。
「うん。蛆と」
「蛆は何だかよく判らないが、蝶って言うのは…あの渋谷で見た、黄色い蝶のことか?」
「うん。そうだよ」
そして紫茉は再び考え込んだ。
「どうしたんだ、紫茉?」
「ん…いや。
どうしてお前に見えたんだ?」
「へ?」
「だってあの時、あの蝶が見えたのは…芹霞だけで。あたしもお前も、星見鏡で映して初めて見えたものだったろう?」
「あ!!!」
少年は、小猿のように飛び上がった。