描かれた夏風

壊れる気配

 アスカ先輩は溜め息混じりに話し始める。

「先生は風景画を描けって言うの。秋の芸術展、審査員受けするからって」

「描いたらいいんじゃないですか? 先輩の風景画、大好きですよ」

 人物画の方が好きだけれど、と私は心の中で付け足した。

 アスカ先輩が描いた風景画は文句なしに上手い。でも上手いだけだ。

 技術力の高さ以外に伝わってくるものは少ない。

 その点、人物画は違った。

 アスカ先輩が描き出した人物は確かに活きている。

 紙の縁をはみ出し額を越えて、強い感情がひしひしと伝わってくるのだ。

「審査員に画力をアピールするには風景画の方がいい、これまでの入選作品は風景画が中心だ、って。先生なんてそればかりよ」

 いつも明るいアスカ先輩が、珍しく愚痴る。

「私が描きたいのは人間なのに……たまに思うの。絵を描くことを強要されているみたいだって」

 まったく立場の違う私には、言うべき言葉が見つけられなかった。

 ただ好きだから絵を描いているだけの人間に、アスカ先輩の気持ちなんて理解できないだろう。
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