描かれた夏風
 私を励ましてくれた優しい微笑み。力強い言葉たち。

 智先輩からもらった沢山のもの。

 それを今度は私が誰かに与えたいと思うのに。

 私は唇をギュッとかみしめた。

 何も言えない自分の無力さが、ただただ悔しい。

「友絵ちゃん、そんなに悲しそうな顔しないで」

「……ごめんなさい」

 涙が出そうになるのだけは必死でこらえた。

 泣いてはいけない。

 私が泣いたら、アスカ先輩が泣けなくなる。

「ごめんなさい。私、何もできなくて……」

「いいのよ。私こそごめん、こんなこと話して」

 そう言って笑うアスカ先輩が、とても痛々しかった。

「はい、もうこの話は終わりね。帰ろ帰ろーっ」

 私はこのとき何と言えばよかったのだろう。

 考えてみても思いつけない答え。

 それがわかっていたのなら――。

 アスカ先輩はこの先、あんなにも自分を追い詰めることはなくて済んだだろうか。


 壊れていく音がする。


 ゆっくりと、でも確実に。

 何かが壊れる気配がする。

 始まりは、そう。

 突然聞こえた、ひび割れの音だった。
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