描かれた夏風
ココロの狭間
side 智
もう何も失いたくない。
目を閉じて、耳をふさいで、必死で逃げようとする。
それなのに。
その絵を初めて見た時の感動は、心の奥に鮮明なままで残っているのだ。
――西口友絵。
彼女の名前を初めて知ったのは、散った桜が地面を桃に染める頃だった。
日直の資料整理をさせられて疲れきった瞳に、優しい色が飛び込んでくる。
「先生、これは?」
「ああ……芸術科のね、春の優秀賞の最終候補作品だよ。触っちゃ駄目だよ」
整然と並んでいた絵画はどれも、同じ高校生が描いたものだとは思えない出来だ。
しかしその中でひときわ目立つのが、日向で眠る猫の絵だった。
優しい視線を間近に感じられる色彩。
線は安定しきっていないが、そこが逆に魅力に思える。
絵の下に記入された作者の名前を、頭の中に刻み込んだ。
「――でね。友絵ちゃんがね……」
お世話になっている家に帰ると、真っ先に居間に入る。
つけっぱなしのテレビと向かい合って座るのは、同い年のイトコだ。
確か彼女の作品もさっき見た中にあった。
技術力だけで見れば、文句なしの一番ではないだろうか。
目を閉じて、耳をふさいで、必死で逃げようとする。
それなのに。
その絵を初めて見た時の感動は、心の奥に鮮明なままで残っているのだ。
――西口友絵。
彼女の名前を初めて知ったのは、散った桜が地面を桃に染める頃だった。
日直の資料整理をさせられて疲れきった瞳に、優しい色が飛び込んでくる。
「先生、これは?」
「ああ……芸術科のね、春の優秀賞の最終候補作品だよ。触っちゃ駄目だよ」
整然と並んでいた絵画はどれも、同じ高校生が描いたものだとは思えない出来だ。
しかしその中でひときわ目立つのが、日向で眠る猫の絵だった。
優しい視線を間近に感じられる色彩。
線は安定しきっていないが、そこが逆に魅力に思える。
絵の下に記入された作者の名前を、頭の中に刻み込んだ。
「――でね。友絵ちゃんがね……」
お世話になっている家に帰ると、真っ先に居間に入る。
つけっぱなしのテレビと向かい合って座るのは、同い年のイトコだ。
確か彼女の作品もさっき見た中にあった。
技術力だけで見れば、文句なしの一番ではないだろうか。