描かれた夏風
 アスカの気持ちは他ならぬアスカが一番よくわかっている。

 目を背けているから肝心なものが見えないだけなのだ。

 だがそれを指摘すれば、気位の高いアスカは怒るだろう。

「ごめん。気に障ったなら謝るよ?」

 ぺこりと頭を下げると、軽蔑したような顔で睨まれた。

「あんたのそういうとこ、大嫌い。何でもお見通しだけど傍観してる、どうでもいいって態度がムカつく」

「んーと、まあ、そうだね。嫌われているのは知ってたかな」

 十年以上同居しているが、面と向かって嫌いだと言われたのは初めてだった。

 どうしてアスカがわざわざトゲのある態度をとるのか、皆目見当がつかない。

 真剣になればなるほど、壁にぶつかった時に痛い思いをするのは自分自身だ。

「――アスカちゃん、もう家に戻ろう。風邪を引くよ」

 日が落ちた後の道路は薄暗かった。みるみるうちに気温が下がっていく。

 暖かみを感じられるものは、まばらに立った街灯の光だけだった。

 アスカの細い肩がかすかに震えているように見える。

 ひっかけてきた上着を脱ぐと、アスカの肩にかけてやった。
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