描かれた夏風

事故

 誰もが何かと戦っている。

 誰かは何かに立ち向かうために戦っている。

 自分は何かから逃げるために戦っている。

 ルカが死んだ。

 あっけないくらい突然に。

 ある放課後、何となく裏庭に行ってみた。

 夜からの仕事のために仮眠を取りたかったのだ。

 自分は高校生失格なくらいによく働いていると思う。

 学費も生活費も自分で稼いでいる上に、高い医療費だって計上しているのだ。

 ぬくぬくと暮らす同級生たちが自分より子どもに見えることがある。

 受験戦争なんて、現実世界を生き残る厳しさを考えれば大したことない。

 大したことないはずだが、両方での勝利を得ようとすると大変だった。

 授業で疲れた体を桜の木にもたれさせる。

「ルカ?」

 黒い仔猫を呼ぶと、すぐそばで返事があった。

 ――みい。

 誰しもが何かと戦っている。

 それはルカも例外ではないのかもしれない。

「こっちにおいで」

 優しく声をかけるが、その日に限ってルカは寄ってこなかった。

 トテトテと愛らしい動作で進む先のフェンスには、穴があいている。
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