描かれた夏風
 以前から空いていたが、木の板でふさいだはずの穴。

 立てかけたはずの板は、風のせいだろうか。

 フェンスの脇に倒れていた。

「止まれ!」

 空気に異変を感じて、思わず叫ぶ。

 その声に驚いたルカは、弾かれるようにして穴を抜けた。

 アスファルトを揺らして迫る、巨大な両輪。

 仔猫の上に覆い被さるのは、破滅という名の黒い影。

 引き延ばされた時間の中で、否が応でも見てしまう。

 プチ、と小さな音を立てて、その身体はグッシャリと潰れた。

 高いところから落としたトマトのように、血の赤がはじける。

 タイヤが耳障りに鳴って、車は道の脇に急停車した。

 あまりにもあっけなくて、あまりにもチープな死に方。

 はるか昔に忘れたはずの光景が、頭の中に蘇った。

 ――いつだって、あのときだって、そう。

 大切なものは何もできないまま消えていく。

 終わってしまった後、立ちすくんでいたら名を呼ばれた。

「智……先輩……」

 振り返れば、そこにはアスカと西口友絵が立っている。

 西口友絵の瞳は、今にも泣き出しそうなくらい悲しく揺れていた。
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