描かれた夏風
 女の子は見ない方がいいであろう無惨な遺骸を、呆然として見つめている。

 アスカはといえば、当然のように悲鳴をあげた。

 道に潰れているものは、彼女にとって単なる汚らしいゴミに過ぎないのだ。

 ――じゃあ、自分にとっては?

 自問自答してみて分かった。

 ルカという大切な名前を与えた仔猫のことが、多分自分は好きだった。

 好きだから、こんなにも苦しくなる。

 吐きそうな後味の悪さと、針で刺されたような胸の痛みだけが全てだ。

 ――もう、何も好きにならないと誓ったはずなのに。

 人間が死を怖がるのは、何かを愛しているからだ。

 自分や周りの人々を愛するから、失いたくないと思うから別れが怖くなる。

 ならば、最初から好かなければいいだけの話だ。

 失いたくないものを持たなければ、きっと何も怖くない。

 そう思って生きてきたけれど、失いたくないものは次から次へとできてくる。

 もう充分だ。

 大切なものなんていらない。

 失って辛い思いをするのは、もう絶対に御免だ。

 ――西口友絵とはもう会わない。

 このままだと好きになってしまいそうだから。
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