描かれた夏風
 私がぺこりとお辞儀すると、智先輩は柔らかく目を細めて笑う。

「友絵ちゃんか。いい名前だね。絵のことはよくわからないけど、この絵、色彩が素朴で好きだな」

「あ、ありがとうございます。この仔、先輩が飼ってるんですか?」

 私が問いかけると、智先輩は意外なことに首を横に振った。

「いや、餌をやってたら懐いちゃって。まあ、飼ってるってことになるのかなー」

「そうなんですか」

「可愛くてさー、ここでこの仔と一緒に弁当を食べるのが日課になってるよ」

「じゃ、じゃあよかったら私もご一緒していいですか!」

 私は思わず身を乗り出すと、頭に浮かんだ考えをそのまま口にする。

 智先輩はびっくりしたようだった。目を丸くしてキョトンと私の方を見る。

「その……突然こんなこと言ってごめんなさい。私、仔猫、好きなんです。ダメ……ですよね」

 私はうつむき加減に、言い訳めいたことをつぶやいた。

 前髪をくしゃりとなでつけるようにして顔を隠す。

 初対面の、しかも先輩に向かってこの提案は大胆すぎた。

 返事がないのが怖くて、私は頬を紅潮させてうつむく。
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