描かれた夏風
 心の中がぐちゃぐちゃ。

 あの絵を描いて終わりにしようと思っていた。

 すっぱりと終止符を打って。

 諦めようと。忘れようと。

 そう思っていた。

(でも、やっぱり)

 私は私が思っているよりも強く、智先輩のことが好きみたいだ。

 行き場をなくした想いを抱えて、私はどこに行けばいいのだろう。

「三十七度六分。……どこ行くの?」

「学校」

「行けるわけないでしょ。休みなさい、バカ!」

 翌日の朝、家を出ようとして母に叱られた。

 私はどうやら風邪を引いてしまったらしい。

 作品を完成させて、疲れがどっと出たみたいだ。

 布団を首まで持ち上げると、眠気が一気に襲ってくる。

 瞳を閉じれば、私の意識はまどろみの世界へと引き込まれていった。

『よしよし……親はいないの?』

 優しい声が聞こえて、そちらの方を振り返ってみる。

 一人の女の子が桜の下で仔猫に話しかけていた。

 ツツジのような華やぎはないけれど、どことなく暖かい微笑み。

 地元では可愛いと有名なブレザーだが、まだ着慣れていないようだ。

 肩の上を流れる髪に差し込む日差しが眩しい。
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