ルージュはキスのあとで




 実は、皆藤さんをお茶に誘ったのは私だ。

 お茶といっても廊下にある自動販売機のコーヒーをベンチで飲んでいるだけなんだけどね。
 
 長谷部さんからのメイク講座が終わったあと、長谷部さんがなにか私に言いたそうにしていたのがわかったから、唐突に皆藤さんをお茶に誘ったんだ。

 実は先ほどから背中に突き刺さる視線が痛い。

 少し離れたところで、長谷部さんはカメラマンの人と次回のことを話しているのだけど……。

 ジッと私のことを見つめている。

 遠めで見てもわかる。だけど、その視線には気が付かないふりをし続けた。
 
 進くんからの助言をもらって以来……長谷部さんが私に突然キスをしてから距離を置くようにしている。

 カメラマンさんが入らない日でも、なるべく皆藤さんには同席してもらえるように頼んでいた。

 意識的に、二人きりの場を減らしていった。

 そうしないと……少しでも近づいたら、自分に都合がいいように言い訳をして長谷部さんと一緒にいたいと望んでしまうことはわかっていたから。

 私のことを好きなんじゃないか、と勘違いしてしまうから。

 勘違いしたほうが負けだ。

 そうなったら苦しいのは私。
 もう、この胸の高鳴りだとか、痛みだとか……こころが落ち着かない理由もわかっていた。
 
 だけど、それに気が付いてしまったら私の負け。

 ううん、すでに私は負けてしまっているのだと思う。
 こうして、距離を置いて逃げてしまっているのだから。





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