ルージュはキスのあとで



 傷は浅いほうがいい。
 気持ちが深くならないほうがいい。

 それが私のため。長谷部さんのためでもある。

 勘違い女が纏わりつくことを、長谷部さんは必ず嫌がることだろう。
 恋人をとっかえひっかえしている人には、恋愛初心者の私は重いことだろう。

 それなら近づかないほうがいい。
 それがいいんだ。

 長谷部さんへの気持ちは、今のうちに封印したほうがいい。
 そして、早く忘れるんだ。

 こんな気持ち。邪魔なだけなんだから。

 チラリと紙コップ越しに長谷部さんがいる方向を見てみる。


 
「っ!」

「どうかした? 真美さん」



 心配そうな皆藤さんに、なんでもないと笑ったが、内心なんでもなくなかった。

 やっぱりまだ私をみている長谷部さんと目が合ってしまったのだ。

 それも露骨に逸らしてしまった。

 あの日から距離を置いた私だったけど、一方の長谷部さんは何かを私に言おうとしていた。
 ただ、何を言われるのか怖くて、長谷部さんからの無言の視線を無視し続ける。
 
 だって今更何を聞くというの?

 あのキスは気まぐれでした。
 あんなキス、本気にしないでくれよ?

 俺のキスで、少しは艶っぽくなったんじゃないか?

 そんなことを言われたくはない。
 そんなふうに長谷部さんには言ってほしくない。

 キレイな思い出のまま、楽しい思い出のまま長谷部さんとはお別れしたい。
 体験モデルもあと残りわずか。

 それなら、キレイに長谷部さんと別れたい。
 そうすれば、憧れの恋で終わりを迎えることができるはずだから。





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