ルージュはキスのあとで



 居心地が悪くなって、そろそろ帰ろうかなぁと思ったときだった。



「あら! 天野じゃない」

「お疲れさまッス。真美もお疲れー」



 ちょうどそこに現れたのは、正和くんだった。
 あの再会以来、ちょこちょこと顔を合わせることがある正和くん。

 今度の最終試験のときに着るお洋服などの手配も正和くんがしてくれていた。
 ものすごくステキなお洋服で、今から着るのが楽しみだ。

 今は、穏やかな気持ちで正和くんと話すことができるし、顔を合わせることができる。
 そう、ごくごく普通な幼馴染に戻った。そんな感じだと思う。


「じゃ、私はこれで」


 そういって席を立った私に、正和くんはにこやかに笑って言った。



「真美。明日会社休みだろう?」

「あ、うん」



 確かに、今日は金曜日。
 土日はお休みだ。

 まぁ、例のごとく何も予定がない休みだけど。

 コクリと頷くと、正和くんは、ニヤリと笑って外を指差した。



「真美、メシまだなんだろう? 食いにいかね?」

「へ?」

「おごってやるから。な、行こうぜ」

「あ……うん、いいよ」



 とりあえず今は長谷部さんから逃げれるのなら、という気持ちで私は頷いていた。
 そんな私を見て、ヨッシャと手をポンと叩いてから、正和くんは皆藤さんに体を向けた。


 
「んじゃ、皆藤さん。真美連れて行きますんで」

「ちょっとー天野。真美さん襲ったりしないでよ?」

「あはは、それは約束できないですね」

「……」



 無言で睨みつける皆藤さんを見て、正和くんは噴出して笑った。



「冗談ですって、冗談ですよ」

「本当でしょうねぇ?」

「さぁ~、どうでしょう?」



 そんなことを言う正和くんだったけど、どこか芝居がかっていて私は首を傾げた。
 
 皆藤さんに言っているはずなのに、正和くんが見つめる先は違うところで……。

 だけど、正和くんの視線の先を見るのは憚れた。

 だって……そこには、ものすごい形相で睨みつけている長谷部さんがいたのだから。





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