愛を教えて ―番外編―
六月、梅雨の晴れ間に太陽が顔を覗かせる心地好い一日。トラブルは一本の電話からはじまった。

藤原卓巳と万里子の長男、結人(ゆうと)が小学校に入学して早二ヶ月。

結人は整った容姿が父親そっくりの利発な少年だが、身にまとう柔らかな空気は母親と同じ、周囲から好かれるものだった。そのおかげか、幼稚園時代も小学校入学後も、揉めごとを起こしたことがない。三人の弟たちにとっても“優しいお兄さん”だ。

結人には一歳三ヶ月下の弟、大樹がいる。

慎重な結人に比べ、大樹は何ごとも積極的で怖いもの知らずの男の子だった。体格もよく、勉強もスポーツも兄に劣らない。幼児期の一歳差は大きいものだが、兄についていきたくて必死に追いかけた成果ともいえよう。

しかし、決して乱暴者なわけではない。正義感や使命感が強すぎる点、グループ内でリーダーシップを取りたがる性格からたまにトラブルを起こすくらいで……。

それが万里子の耳に入り、


『充分に人を配置しておりますので、藤原様のお坊ちゃまにお怪我をさせるようなことは絶対にございません。どうぞご安心ください』


幼稚園からはそんな説明を受けた。

万里子自身、乱暴なことは嫌いだ。でも何も知らずにいては、将来傷つける側に立つ可能性もある。

とくに子供は男の子ばかり……。大会社の社長令息として大人にもかしずかれて育ち、それがあたり前の感覚になってしまえば、弱い者を平気で傷つける男性になってしまうかもしれない。


『園のご配慮に感謝します。でも、どうぞ特別扱いはなさらないでください。幼児期のケンカは人間関係を学ぶうえでの第一歩ですから。お互いの主張を聞いて、それぞれに妥協や我慢を覚えて欲しいと思っています。間違ったことをしたときは、遠慮なく叱ってやってください』


人の痛みを知って、人を思いやれる人間になって欲しい。そんな気持ちで万里子は頼んだのだが……。


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